日本一寂しい元日を迎えた男『土佐日記』

 紀貫之が執筆した女流日記『土佐日記』元旦の記述に、サトイモの描写があります。

他にも様々な山海珍味が登場しますが、早速見ていきましょう。



原文

元日。なほ同じとまりなり。

白散をあるもの夜のまとて、ふなやかたにさしはさめりければ、風に吹きならさせて海に入れてえ飲まずなりぬ。

芋しあらめも、歯固めもなし。

かやうの物もなき国なり。

求めもおかず。

おしあゆの口をのみぞ吸ふ。

このすふ人々の口を、押年魚もし思ふやうあらむや。

今日は都のみぞ思ひやらるゝ。

九重の門のしりくめ縄のなよしの頭ひゝら木らいかにとぞいひあへる。

 

 

紀貫之は土佐における国司としての任期終わり、京に戻る途中、大湊に泊まりました。一月一日のことです。

 

 

現代語訳

今日は元日。

依然として同じ港に泊まっています。

白散をある人が「夜の間に」といって船屋形にさしはさんでいましたが、風に吹かれるまま海に落ち、飲めなくなってしまいました。

芋茎や荒布、歯固めもありません。

このような物も無い国なのです。

買いもしておきません。

ただ押鮎の口を吸ってばかり。

この吸う人間の口を、押鮎はもしかしたら思うことがあるかもしれません。

「今日は都のことばかり考えてしまう。宮中の門に飾る注連縄の、鯔の頭や、柊はどんなだろうなあ。」と皆で語り合いました。

 

 

白散」、「芋茎」、「荒布」、「歯固め」、「押鮎」、「と様々な食べ物が登場しています。一つひとつ見ていきましょう。

 

「白散」(びゃくさん)

白散とは元日に服用する散薬で、新しい年の健康を祈って屠蘇酒などと一緒に飲みます。白朮、桔梗、細辛、山椒、肉桂などを刻んで調合したものです。

 

「芋茎」(ずいき/いもじ)

サトイモの葉柄を乾燥させたもので、長持ちし、携行食として重宝されていました。

 

「荒布」(あらめ)

昆布と同じ仲間の褐藻で、乾燥させて長持ちさせます。食べる時にはしばらく水につけてふやかし、みそ汁や佃煮などにして食べます。

 

「歯固め」(はがため)

主に鏡餅のこと。昔、正月の三が日に鏡餅などを食べて長寿を願っていました。歯は年齢を指し、それを固めることから、年齢を固める、つまり寿命を延ばすという意味が込められています。

 

「押鮎」(おしあゆ)

鮎を塩漬けにして重石で押したもので、正月の祝い膳に用いられました。鮎は一年で成長するため、縁起の良い魚です。

 

「鯔」(なよし)

ボラの若魚のイナのこと。節分の柊鰯のように、正月に注連縄に柊の枝と鯔の頭をを刺してお祝いをします。鯔は成長するにつれて名前が変わる出世魚で、めでたいことから「名吉」と呼ばれるようになったと考えられています。「ミョウギチ」とも呼ばれ、七五三のお祝にも用いられます。

 

 

いかがでしたか。紀貫之はお正月を満足に過ごせなかったようですが、昔はこのようなものを食べて、お正月を過ごしていたようですね。

 


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